SNSが傷つける「尊厳」——言論の自由はどこまで許されるのか
SNSでの誹謗中傷が収まらない。
人気番組に出演した女性がSNS上で執拗な批判に晒され、亡くなった事件をきっかけに、日本では侮辱罪の厳罰化が議論され、2022年に法改正が実現した。しかし、その後もSNSでの言葉の暴力は続いている。
SNSは、自分の意見を瞬時に多くの人に届けられるようになった便利な半面、特定の人物や団体を攻撃する誹謗中傷にも使われ、その影響力はかつてないほど拡大している。
その要因は、拡散力と匿名性にある。かつては近隣の噂話など限られた範囲に留まっていた内容であっても、今では一度投稿されてしまえば、シェアによってあっという間に広がり、世界の何万、何十万人に届く可能性をはらむ。被害者は止むことのない攻撃を受け、削除も難しい制御不能な状態のなかで逃げ場を失い、エスカレートすれば現実生活にも影響が表れ、心身がむしばまれていく。
生命すら失いかねないリスク
こうした負の連鎖は、SNS以前には存在しなかった脅威だ。一人のヘイトが何万、何十万にも末広がりになる構造は、被害の規模を劇的に拡大させてしまう。誰もが標的となる可能性があり、実生活への影響や、生命すら失いかねないリスクが存在しているのである。
SNSでの非難は、度が増すほどに事実に基づかない憶測や虚偽、人格への攻撃や存在の否定といった有象無象の内容が混在しやすい。
エスカレートすることで当人や周辺の生活に影響し、人権や尊厳を侵害され、命が失われる事態にまで進展する場合もある。
尊厳への侵害は「言動への批判」という次元を超えた言葉の暴力であり、断じて許してはならない。
本年1月には、兵庫県の元県議会議員の男性が、自死とみられる形で亡くなった。政治団体党首の立花孝志氏は元県議の生前、彼に対する批判を重ね、「街頭演説で前県議の動静を情報提供するよう聴衆に呼びかけ、自宅に押しかけるような発言をしていた」(読売新聞 1月24日付)ことや、SNS上でも元県議の自宅に行くと予告したことで、元県議は「『家族の生活が脅かされる恐れが生じた』と説明していた」(神戸新聞NEXT 1月19日)という。
こうした発信がSNSで拡散されたことにより、元県議には不特定多数からの誹謗中傷が寄せられることとなった。その結果、同僚が「ネットの暴力が拡散して、本人だけでなく家族が狂乱状態になってしまった」(日テレNEWS 1月20日配信)と語るほど、本来の批判とは関係のない家族にも甚大な精神的苦痛が生じた。
自宅が特定され晒されるかもしれない不安、見ず知らずの他人が押しかけてくるかもしれない恐怖は、想像するに余りある。
尊厳を侵害する行為の対象は、個人に留まらない。団体やそれに所属する人たちにも向けられる。
昨年、公職選挙法違反で3度も逮捕された、千葉市長選に立候補した男がいる。X(旧Twitter)でスマホを見ながら車を運転し、危うくブレーキを踏む動画が上がっていた。言うまでもないが、スマホの画面を見ながらの運転は昨年に厳罰化されたほど、重大事故につながる危険極まりない行為だ。市民の模範たる市長を目指すと言いながら、率先して法を破るなど、誰が見ても公衆に奉仕しようとする人間の行為とは思えない。
男は選挙期間中、狂ったように挑発的な言動を繰り返した。X上で、創価学会の会館の前で仏壇を破壊する動画を公開したほか、学会の信仰の対象である御本尊に手をかける様子を撮影・配信し、これが拡散された。
世の中には、さまざまな宗教があり、それぞれに大切にしている信仰の対象がある。信仰者にとっては単なる物体ではなく、心から尊敬する、かけがえのないものだ。信仰を持つ人でなくても、人それぞれに「これだけは失いたくない」と思うものがあるだろう。
そのような大切なものをヘラヘラと笑いながら破壊するなど、他者の心を踏みにじり侮辱する行為以外の何ものでもない。何より、男が破壊に及んだ対象は、市長が守るべき市民が大切にしているものだ。
3月16日に行われた投開票で、男は圧倒的な最下位で落選。当然の結果だ。他者の尊厳を軽蔑し続ける男を、有権者が相手にしなかった証左である。
SNSを健全な場に 他者の尊厳の侵害を許さない言論空間の構築
こうした過激な投稿に対しては、しばしば当事者が「言論の自由」「表現の自由」があるのだから認められるべきだとの主張を行う。これらは憲法に保障されており、民主主義の基盤として尊重されるべきだ。だが、それが他人の尊厳を侵害してもよい理由には決してならない、と強く表明したい。
総務省の有識者会議「発信者情報開示の在り方に関する研究会」の座長を務めた京都大学の曽我部真裕教授が「ネットで発信する人には最低限のモラルが求められる。他者を傷つけるのも表現の自由という考え方は適切ではない。批判する場合も、他者を尊重することが前提だ」(毎日新聞2023年2月16日付)と述べるように、他者の尊厳の侵害を許さない言論空間の構築が求められている。
SNSの誹謗中傷を防ぐためには、個人と社会の両面からの取り組みが急務だ。個人にできることとして、投稿前に「この言葉が誰かを傷つけるか」について熟慮したい。友人に軽い気持ちで送ったメッセージが誤解を招いた経験がある人もいるだろう。SNSではその規模が桁違いに大きいだけに、なおさら慎重さが求められるのだ。一人の投稿が何万人にも広がる時代だからこそ、発信者はその影響力を自覚しなければならない。「自分の言葉を、相手がどう感じるか」を想像する——それが、SNSを健全な場にする第一歩だ。
社会での取り組みとしては、今春、インターネット上の誹謗中傷などに対処するため、大規模プラットフォーム事業者に対し対応の迅速化、運用状況の透明化を義務づける「情報流通プラットフォーム対処法」が施行される。「自由」の名のもとに他人の尊厳を侵すことが正当化されないよう、バランスを保ちながら、さらなる社会でのルールづくりが議論されることを望みたい。他にも、教育の場でネットの使い方を教えることなども必要かもしれない。
私たちは悪意をもった発言や、無責任な拡散が繰り返されないよう、互いの尊厳を守る社会を築かなければならない。その実現へ向けて、自らの投稿への責任を忘れず、これからも発信を続けていきたい。