「人間主義、出ちゃいました」――私と公明党の共通項

夫が帰るなり言った。
「今日、会議でさ、」
夫が働く業界について私はズブの素人だが、夫はよく仕事の話をしてくれる。真剣な様子で話し始めた夫に、私にも理解できる内容かしら、と向き直った。

「うちのA部とB部の業務のすみ分けについて話していたんだ。」

夫の部署は、最近、他部署との統合があった。今まで求められていなかったスキルを身につけなければならないなど、社員は突然の方針転換に戸惑っているようだ。大っぴらに転職を考える人もいて、雰囲気はやや殺伐としているらしい。

「話してるうちに、業際整理はそもそも 私たちの仕事なのか? 私たちがどうしてここまでやってあげないといけないのか?という声が出てピリピリし始めてさ。」

夫も、評価には直接繋がらないけど、仕事を円滑に進めるために自発的にやっている事項は多いので、同僚らが抱いたフラストレーションには共感したと思う。

「でも俺がいつも考えてることがあってさ。
『B部とは対立するより、Heads upして協調関係を築く努力をしていけたらいいなと思う』って言ったんだ。」

「そしたら、後でその会議に参加してた人からチャットが来て『さっきの発言は、大事な考え方ですね』って褒められたんだよ。」

「自分では全然気づいてなかったんだけど、俺、人間主義、出ちゃってたんだなーって思ったんだよ!『人間主義、出ちゃいました。』どう、これ流行りそうじゃない?」

「人間主義、出ちゃいました」のフレーズが気に入ったらしく、味わうように繰り返している。
「人間主義」とは、学会員が大切にしている生き方を表現した言葉である。「色気がだだ漏れ」なんてよく言うけれど、「人間主義」も無意識に漏れ出るもの、というのは言い得て妙かもしれない。
「Heads up」(友好的に情報共有すること)だけ分からなかったけど、私には夫の話がよく理解できた。わが夫ながら「人間主義」出てるね、いいね!と誇りに思った。

人間主義とは

ここで言う「人間主義」とは、日蓮仏法に基づく「創価の人間主義」とでも言えようか。
1974、75年、創価学会の池田先生は米中ソ3ヵ国をめぐり、平和と核戦争回避のための民間外交を展開していた。中国とソ連という宗教否定の国に行く意味が、周囲には理解できなかった。池田先生は、その理由を「そこに、人間がいるから」と言った。

ソ連訪問時には、コスイギン首相(当時)との会見の場が持たれた。首相の「あなたの根本的なイデオロギーはなんですか」との問いに、池田先生は即座に「平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です」と答えた。首相は「私は高く評価します。その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います」と応じている。

日蓮仏法は、すべての人に尊極の生命があると説く。すべての人が平等に最高に尊い。だから自分だけの幸福も無いし、他者だけの幸福も無い。
人間主義の根底には、皆がかけがえのない存在であるとの信念がある。決して特別なことではなく、奮闘している人、苦労している人がいたら、声をかけて励ます。喜んでいる人がいたら、共に手をとって喜び合う。

池田先生は、ソ連・中国と対話するなかで核兵器廃止への道を模索していることを感じ取り、核保有国同士が深い信頼関係で結ばれるための永続的な交流を呼びかけた。先生は、はじめからソ連・中国の首脳に平和を願う心があると確信していたのではないだろうか。そして中国とソ連で暮らす、かけがえのない一人一人の命を守りたかった。その思いが「そこに、人間がいるから」との言葉に込められているのではないか。

創価学会の平和運動、SDGsの取り組み、地域貢献、そして政治活動も、目の前の一人を大切にする人間主義の具体的行動の同一線上にあるものだ。
池田先生が創立した公明党もまた、同じ価値観を共有している。

公明党の綱領をひもとくと、次のようにある。

人間自身の幸福な生存こそが目的価値であり、「国家」であれ「イデオロギー」であれ「資本」であれ、人間を超えた何らかの外部価値や権威の絶対化により人間が“手段化”されることがあってはなりません。いかなる主義・主張であれ、機構や制度、科学や経済であれ、それらはすべて人間に奉仕すベきです。これが〈生命・生活・生存〉を柱とする公明党の人間主義=中道主義の本質です。

公明党も、やはり人間主義なのだ。

We connect?

3月17日、公明党が「政策立案アンケート We connect」を開始したとの報道があった。
早速Webサイトを開いてみると、「あなたの声から政策をつくる」との見出しが。
そして「若者・現役世代など多くの方が直面する悩みやニーズなど、皆さんの声を的確かつダイレクトにキャッチし、政策へ反映していきたい」とある。
いつでも誰でも、政治に声をあげられるというのは良い。

私は公明党の党員で、公明党は議員と党員が対面する機会が比較的多いので、何か声をあげようと思えばあげられると思う。でも、さすがにいつでもというわけにはいかないし、実際「提案するほどのことではないか」とためらったこともある。
議員との接点が無い人なら、陳情を出すか、署名を集めるという方法になるだろう。このアンケートは、陳情のデジタル版といったところか。
しかし、他の党も同様のアンケートを実施している。では、何が公明党の強みなのか。公明党に声をあげるメリットは何か。

公明党に声をあげる意味

公明新聞は次のように説明している。
「若い方々、また国民の皆さまからの声を寄せていただき、(公明党の)『小さな声を聴く力』、声を聴く政治をアップデートするプロジェクト」
「現役世代を中心に幅広い世代の声を聴き、双方向でコミュニケーションを」
「ニーズを政策として練り上げ、今夏の参院選公約に仕上げていく」

若い人、現役世代を中心とするのは、現在の政治から置き去り感のある若者にサーチライトを当てるというメッセージだろう。その上で、幅広い世代の声を聴くという。若者か高齢者かといった対立構造ではなく、すべての人の目線に立つという公明党の挑戦であり、党の理念、すなわち人間主義が発揮されている。
そして、参院選の公約に仕上げるという点に、とりわけ注目したい。与党である公明党が政策・公約に掲げれば、それは他のどの党よりも実現に近いと言えるだろう。

「We connect」の意味は、
若者と政治をつなぐ
異なる主張をつなぐ
現在と未来をつなぐ
ということではないか。

対立ではなく協調を目指す。その思想があるから、例えば公明党は「全世代型社会保障」を謳ってきた。すべての人をおきざりにしないという理念を政策に表現したひとつの例だ。

日本は、他国に比べて政治の話をする人を極度に否定する特徴があるという。政治活動をする学会員も、嫌われる場面は少なくない。それでも止めないのはなぜか。ただひたすらに社会を良くしたいから。一人一人の幸せを願っても、幸せを実現できる社会でなければ、一人の幸せさえ成り立たないから。

子どもたちや若者が、政治を信頼できる日本になってほしい。すべての世代が、未来のことを考えて、持続可能な社会をつくるために手を取り合えたら良いと思う。普通の会話のなかで、自分の政治思想を語り合ったり、異なる考えの人同士がお互いを尊重できる世の中になったら良いと思う。

私は公明党の党員として、国民が本当に求める政治をする、との公明党の決意を受け取った。公明党と一緒に未来を描く、この取り組みに、私も声をあげたいと思った。

人間主義の人、シンプルに好き

先日、女性部の先輩との会話の流れで、私の「こんな日本になったら良いと思う」という思いを話したことがあった。
先輩は「難しいかもね。」と言った。彼女は、働く女性にとってまだまだ厳しい社会でキャリアを積みながら、家庭も育児も介護も挑戦し抜いている。その先輩の言葉は重い。自分のことしか考えていない人に傷つけられたこともあった、という実体験を聞いて、私は少しひるんだ。

「でも」と先輩は励ますように言葉を継いだ。
「声をあげ続けていけば、1が100になって、200になるかもね。」

人間主義、出てますね~。こういうカッコいい先輩がいるから、また勇気が湧いてくる。

声をあげよう。未来のことを考えよう。
あなたも、是非。
https://weconnect.jp/

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