「表現の自由」を仏法の視点から見る~連載「ヘイトスピーチを考える」⑦
連載「ヘイトスピーチを考える」では、ヘイトスピーチの解説や国内外の状況、仏法の視座から考えるオピニオン記事などを全8回に分けてお届けします。
第7回は、ヘイトスピーチ規制で必ず考慮される、「表現の自由」とのバランスについて、国際社会ではどのような議論がなされてきたのかを概説しつつ、仏法の視点ではどう捉えられるのかについて考察します。
ラバト行動計画
これまで6回にわたって、ヘイトスピーチの概要、規制のための国際的法規、海外や日本の対策、そして日本における選挙ヘイトについて紹介してきました。
ヘイトスピーチをなくすべきとの国際意識は明白です。一方で、規制には常に「表現の自由」とのバランスが問題とされてきました。ヘイトスピーチの具体的な規制が、全ての言論の萎縮につながるとの意見もあるからです。
国連人権高等弁務官事務所はこの問題について、「表現の自由」の促進派と、ヘイトスピーチの規制派の専門家を集めた会議を何度も開き、「ラバト行動計画」を発表しました。
ここでは、法規制は自由権規約と人種差別撤廃条約に規定される場合に限られること、そして、規制すべき表現とそうでない表現を明確に区別することを勧告しています。つまり、「表現の自由は最重要の権利である一方、法で規制すべき表現もある」との規範が、専門家によって結論づけられたのです。
欧州人権裁判所やいくつかの国が、裁判等でこの「ラバト行動計画」を参考に判断したほか、2019年6月に開始された「ヘイトスピーチに関する国連戦略・行動計画」も、ラバト行動計画を参照して制定されました。
「表現の自由」を盾に、何を言っても問題がないという理屈は、国際規範から外れているということを示した点で、ラバト行動計画の意義は大きいといえるでしょう。
仏法ではどう考えるか
仏法の生命論の視座では、他者の尊厳を傷つければ、自身の生命が苦しめられると説きます。たとえば釈尊は次のような言葉を残しています。
「人が生まれたときには、実に口の中には斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割くのである」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店)
いうまでもなく「表現の自由」は、自己実現のために不可欠であり、最も重視されるべき人権の一つです。一方、「原因」と「結果」という生命の「因果の理法」からは誰も逃れることはできません。他者の尊厳を傷つける「悪口」を言えば、その行為は「業」となって自らの生命に刻まれ、必ず何らかの報いを受けると、仏法では説きます。
大乗仏典の「維摩経」で描かれる舎利弗と天女のエピソードが示唆的です。
智慧第一の舎利弗は、通説であった「女性は男性になることで成仏できる」ことを前提に男女の差などにこだわった発言をします。すると天女が神通力で、舎利弗を天女の姿に、天女を舎利弗の姿に変えます。舎利弗は慌てふためきます。天女は舎利弗が男女の分別に深くとらわれていることを諭し、彼を元の姿に戻します。そして舎利弗は、目に見える姿の違いで心を縛られてはならず、固定された特性はないと悟るのです。
池田大作先生はこのエピソードの重要性について、「舎利弗が天女の姿に入れ替わったことで、”相手に向けていたまなざし”がどんなものであったかを見につまされて感じた結果、過ちを胸に刻むことができた」と語っています。
仏法の因果の理法に照らせば、他者との差異への執着は、自らも差異によって苦しめられる可能性をつくることにほかなりません。そこには、他者への行いが自身に返ってくるとの視座があります。
多くの仏教経典で、成仏できないとされたものに、「二乗」(自らが悟りを得ることに専念する修行者)がいます。しかし、法華経は二乗も含めてあらゆる人々の成仏(万人成仏)を説きました。創価学会が尊崇する鎌倉時代の僧・日蓮大聖人は、法華経の教えに基づき、「二乗が成仏できないと説くのは、二乗が嘆くのみでなく、私たちも同じように嘆くべきことである」(「小乗大乗分別抄」)と説かれています。ある特定の人々の存在を根本から否定することは、他者の尊厳のみならず、自らの尊厳の土台を突き崩すことになるとの思想が、仏法には脈打っているのです。
「表現の自由」は、断じて守らなければならない権利です。一方、そこには責任も伴います。「人間の尊厳」を根本的に傷つける言動は、その行為者の「人間の尊厳」を守るためにも、まずは内発的な力で抑制されるべきでしょう。必要であれば、川崎市の条例のように、罰則を設けた法体系など、自制を促す社会的規範を築かなければ、誰もが「人間の尊厳」を輝かせていける社会は実現できません。
「表現の自由」とのバランスに配慮しつつ、「法で規制すべき表現もある」との国際規範を前提として、「人間の尊厳」を傷つける言動は決して受け入れられないと明確に示していくことが、ヘイトスピーチと闘う基本姿勢ではないでしょうか。
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