世界を結ぶ人間革命の宗教<トインビー対談開始50周年に寄せて(下)>
今月、対談開始50周年を迎えた、池田先生と歴史家アーノルド・J・トインビー博士の対談集『二十一世紀への対話』(英語版『生への選択』)の中で、「戦争の本質と今後」について語り合われた箇所がある。
そこで池田先生は、「戦争は人間にとって宿命的なものなのか、それを避けるにはどういう条件が必要か、とくに第三次世界大戦を回避して恒久的な平和を築くにはいかにすべきか」について質問される。
トインビー博士は、「戦争と文明は同時に発生したのであり、ゆえに戦争は文明のもつ先天的病弊の一つである」と分析しつつ、文明が発生してからの5000年間は、人類がホモ・サピエンスとして生存してきた20万年から30万年という長期間と比べると一時期のことであるという歴史上の理由から、戦争は人間の本性につきまとう宿命の一部ではないと結論している。さらに、有史5000年に限っても、人間の暴虐性が常に戦争という形をとってきたわけではないと指摘し、こう述べている。
「戦争を廃絶させることは可能なはずです。たとえすべての人間について、戦争以外の暴力的犯行を根治することが不可能であったとした場合でも、これは可能なはずです」
「しかしまた、人間の本性のなかで、理性はそのほんの一部しか占めていません。われわれが、理性に反して集団自殺を犯してしまうことは、十分考えられるのです。戦争という制度は、それに代わる新しい制度、すなわち世界政府という制度によって置き換えられないかぎり、廃絶することはできません」
聖教ワイド文庫『二十一世紀への対話』[中]
つまり、戦争は人間の本性ではなく、廃絶は可能であり、そのためには、主権国家の権限を制限する世界的機関の存在が必要であると、トインビー博士は訴えているのだ。
相互理解こそ平和を支える第一条件
池田先生とトインビー博士の対談は、東西冷戦の二極時代から多極時代への変遷を巡る議論へと進む。博士は、資本主義と共産主義の対立といっても、それは「ずっと古くから繰り返されてきた類の、競い合う国家間の国益と野心をめぐる抗争を覆い隠す、一種の仮面」であり、「この種の抗争にあっては、双方の好戦派が、恐怖と敵意をかきたてるイデオロギー上の形容辞をもって敵対国家に極印を押し、それによって自国民の熱狂を煽ろうとする」と指摘。米国とソ連がたとえ同じイデオロギーに立っていたとしても、第2次世界大戦後に残った二大国は、「ほとんど自動的に、世界制覇をめざす競争へと押し流されていった」と分析する。
現在にあっても、国際社会の潮流と目される「民主主義と専制主義の闘い」を「一種の仮面」であると捉えることができるし、国民を不必要にまであおる「恐怖と敵意をかきたてるイデオロギー上の形容辞」には十分注意しなければならい。
池田先生は、「たいへん平凡な結論かもしれませんが」と前置きして、次のように述べられている。
「大国間の政治的対立を解消するためには、民間人同士が大いに交流し、互いに相手国の実情や文化を理解し合うところから始まると思うのです。(中略)相互の理解がなければ、とどまるところを知らぬ憎悪や恐怖にまで進み、ついには破滅を招いてしまいます。私は、相互理解を不動の基盤として確立することこそ、平和を支える第一条件だと信じています」
同上
求められる自己超克の宗教革命
戦争のない未来を巡る池田先生とトインビー博士の対話は、世界統合化への課題に関する議論で締めくくられる。池田先生は、「今日の統合化のために第一に考えるべきことは、人類の精神的一体感の形成であり、そのうえで、具体的統合化のためにとるべき方式は、自発的なそれであると思う」と主張。トインビー博士は、「人類の未来性について、悲観的にならざるをえない」としながらも、「ただし、宗教面での革命を通じて、急激かつ広範な心情の変化が人々に生じるのも、ありえないことでなく、あるいはそれが事態を好転させるかもしれません」と答える。
そして最後に、世界宗教の条件について語り合われ、トインビー博士は、「自己超克こそ宗教の真髄です。この伝統的な宗教的教戒である自己超克を説く宗教こそ、未来において人類の帰属心をかちとる宗教であろうと思います」と結論する。
このほど東洋哲学研究所が編さんした『文明・歴史・宗教 トインビー・池田対談50周年記念論集』の特別寄稿で、比較文明学会の吉澤五郎名誉理事は、「(対談の)現代的な意義は、相互に東西文明・文化の相違を認めつつも、より高次の『世界の平和』および『人類の共生』という普遍価値を重視したことであろう。さらに、難題とされる『宗教間の対話』への新しい道を拓いたことである」と記す。
分断と対立が深刻化するこの時代にあって、池田先生と博士によるグレート・ダイアローグ(偉大な対話)は、東洋と西洋を結ぶ文明間対話・宗教間対話の端緒として、ますます英知の光彩を放つ。
5000年にわたるに人間の文明の宿命を転換し、戦争のない世界を築くために、自己超克を可能にする「人間革命の宗教」が、いやまして求められている。