「継続こそ力」のカギ 2023年6月度座談会拝読御書「上野殿御返事(水火二信抄)」
創価学会では、毎月、全国各地で座談会という集いを開き、鎌倉時代の日蓮大聖人(1222年~1282年)が書き残された「御書」(論文や手紙など)を学び合います。機関誌の「大白蓮華」や「聖教新聞」には、その月に学ぶ「座談会拝読御書」を解説する記事が掲載されていますので、ここでは、信仰を持っていない方々にも理解しやすい視点から、青年部員が御書の内容を解説します。
こんにちは!6月担当のレンタローです!
早いもので、今月末で2023年も、もう折り返しです。
私が前回に担当した1月の解説記事で、「今年の目標」に触れたのは、もう遠い昔…。
「今年の目標って、なんだったっけ?」という人も、「忙しすぎて、とりあえず目標は横に置いたまま…」という人(私もその一人です)も、いるかもしれません。
前に向かって進み続けられる自分になりたい!
そう考える人たち(これも私のことです)を励ましてくれるのが、6月度の座談会拝読御書です。
拝読御書について
今回の座談会拝読御書は「上野殿御返事(水火二信抄)」。1278年(建治4年)2月25日、日蓮大聖人が57歳の時に、駿河国(現在の静岡県)に住んでいた弟子の南条時光に送られた御手紙です。
〝蒙古(元)が再び襲ってくる〟という恐怖や、疫病の流行などにより、当時の社会は騒然としていました。加えて、大聖人と、その弟子たちへの迫害も強まっていました。
時光は幼くして、父を亡くします。後を継いで、一家を支える存在として奮闘していた時光ですが、決して楽な暮らしではなかったようです。
そんな中でも、時光は、身の回りにある食料をなんとかかき集め、身延におられる大聖人のもとへ、たびたびお届けしていました。そうした真心からの御供養に対して、大聖人が感謝を記されたお手紙が、今回の御書です。
火のごとく vs 水のごとく
本文
そもそも、今の時、法華経を信ずる人あり。あるいは火のごとく信ずる人もあり、あるいは水のごとく信ずる人もあり。聴聞する時はもえたつばかりおもえども、とおざかりぬればすつる心あり。水のごとくと申すは、いつもたいせず信ずるなり。これは、いかなる時も、つねはたいせずとわせ給えば、水のごとく信ぜさせ給えるか。とうとし、とうとし。
(御書新版1871ページ11行目~1872ページ2行目、御書全集1544ページ9行目~11行目)
意味
さて今の時、法華経を信ずる人がいる。あるいは火のように信ずる人もいて、また水の流れるように信ずる人もいる。(火のように信ずる人というのは、教えを)聴聞する時は燃え立つように思うけれども、時が経つにつれて、それを捨ててしまう心を起こしてしまう。水の流れるように信ずる人というのは、常に退する心を持たずに信ずる人をいう。
あなたは、いかなる時も常に退することなく私(日蓮)を訪ねられるのであるから、水の流れるように信じられているのであろう。尊いことである、尊いことである。
火と水という分かりやすいたとえを引きながら、大切な信仰の姿勢を教えられています。
まず、「火のごとく信ずる人」。火は、最初に盛んに燃え上がっても、やがて時がたつと、勢いが衰えていきます。たとえば、キャンプで火を起こしても、放っておくと弱まっていき、やがて薪や燃料が尽きれば消えてしまいますよね(でも、火の元に注意!)。同じように、仏法の教えを聞いた時は、「頑張ろう!」と決意して、やる気を燃え上がらせるものの、だんだんと勢いを失ってしまう姿勢を、「火のごとく」とたとえられています。創価学会ではよく「火の信心」と表現しています(火の信心も注意!)。
それに対する「水のごとく信ずる人」。水は、一滴一滴が集まって流れができ、渓流へ、そして大河へと、止まることなく流れます。水かさを増した流れは、悠々と大海へ注いでいきます。同じように、日々着実に、淀むことなく悠然と信仰に励む姿勢を、「水のごとく」と仰せです。これを「水の信心」と表現します。
時光は、一家が苦しい状況になっているにもかかわらず、信仰において一歩も退くことはありませんでした。何度も大聖人のもとを訪ね、大聖人を支えながら、仏法の教えを求めています。その時光の変わらない信仰心こそ、「水の信心」の結晶であり、大聖人は、素晴らしい志であると称えられているのです。
これは信仰だけではありません。仕事でも、ほかでも、向上心をもって挑戦するすべてのことに当てはまるのではないでしょうか。
どうせなら「火のごとく」ではなく、「水のごとく」頑張りたい!
では、どうすれば「水のごとく」「たいせず(退くことなく)」進んでいけるのでしょう。そのヒントを「火のごとく」の特徴に見てみます。
内から湧き上がる心で 常に新たな決意
「火のごとく」とは、具体的に「聴聞する時はもえたつばかりおもえども、とおざかりぬればすつる心あり」とあります。
「聴聞する時」とは、頑張ろうと思ったまさにその時、そのきっかけとなった出来事と言えます。誰でも最初に決意した時は、燃えていますよね。きっと、今年の目標を立てた当初は、未来を思い描いてワクワクしたり、気分が高まったりしたことでしょう(私のことです)。
でも「とおざかりぬれば」――それから遠ざかることによって、人は熱い決意を忘れたり捨てたりしてしまいます。単なる時の経過だけではありません。何か予期せぬことが起こったり、自分にとってマイナスな出来事があったりすると、ますます決意は遠のいていきます。
よって、初心の燃え立つ強さと、初心から遠ざからない強さという、二つが大切なのではないでしょうか。
まず、初心の燃え立つ強さ――自分が心から決意したのかどうか。池田先生は、「内から湧き上がる『内発』の力ではなく、外からの刺激で動かされる『外発』」になってしまった場合は、「火のごとく」物事が持続しないと教えています。きっかけは何であれ、その決意が心の底からの内発的なものであれば、時の経過やさまざまな環境変化にも左右されません。
次に、初心から遠ざからない強さ――常に決意を思い起こしていけるかどうか。池田先生は、「常に新たに発心(※決意)し、挑戦して勝ち越え、成長の節を刻んで、さらにまた前進を続ける――これが『水の信心』です」と述べています。(以上、池田先生の言葉は『勝利の経典「御書」に学ぶ』第21巻より)
大河の流れは、一滴一滴の集まりと言えます。自分自身は一滴の水のようであっても、他の水と合わさることで流れていくことができる。一人ではなかなか持続した挑戦ができなくても、初心に近づけてくれるような、励みになる存在があれば、繰り返し新たに決意して、前に進んでいくことができるのではないでしょうか。
何ごとも「継続こそ力」です。心からの素直な決意と、一緒に進む仲間たちを大切に、自らの決めた道を悠々と歩んでいきたいですね!
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【「継続こそ力」のカギ】
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御書のページ数は、創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集 新版』(御書新版)、『日蓮大聖人御書全集』(御書全集)のものです。
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