ストレス地獄からの生還術―心のモンスターを撃退せよ(職場編)

梅の花が凜と咲き、ますます春の訪れが待ち遠しい今日このごろ。とはいえ、職場によっては、いよいよ年度末決算が近づき、最繁忙期を迎えるころですね。

日蓮大聖人の門下には、在家が多くいます。大聖人から在家門下へのお手紙を拝すると、仕事の悩みに対して、真心から励まされ、丁寧にアドバイスをされている様子がうかがえます。

その象徴が、中心的な門下だった四条金吾あてのお手紙です。今回は、金吾に送られた言葉をたどることによって、現代の私たちにも通じる、職場での悩みに立ち向かう心構えと行動を学びます。

四条金吾が直面した困難

日蓮大聖人が鎌倉に赴き、教えを弘め始めた早い時期に、四条金吾は大聖人の弟子になったとされています。鎌倉幕府の執権だった北条家の支流に江間家(名越家)があり、金吾は武士として江間家に仕えていました(金吾は官職を指します。正式な名は、四条中務三郎左衛門尉頼基[しじょうなかつかさのさぶろうざえもんのじょうよりもと])。

武士は、主君に仕えることによって、所領を受けます。金吾は、主君に忠誠を尽くし、あつく信頼されていたと考えられています。しかし、ある時、主君との関係に亀裂が入ってしまいました。

1274年(文永11年)、まったくの無実にもかかわらず佐渡流罪(注)に処されていた大聖人が、罪を許され(赦免)、鎌倉に戻ることが決まりました。遠く佐渡まで大聖人を訪ねたり、供養を届けたりした金吾は、もちろん大喜び。赦免は、大聖人の仏法、南無妙法蓮華経への確信を不動にする証明でもあります。歓喜と確信にあふれた金吾は、主君に自らの信仰を勧めました。

(注)佐渡流罪
日蓮大聖人が1271年(文永8年)、竜の口の法難の後、不当に佐渡へ流刑された法難。約2年5カ月に及ぶ佐渡滞在中、衣食住も満足ではなく、敵対する念仏者らにも命を狙われるという過酷な環境に置かれた。「開目抄」や「観心本尊抄」など数多くの重要な御書を著され、門下たちに励ましの書簡を多数送られている。

このことを聞かれた大聖人は、主従関係が厳しい封建社会にあって、主君の幸福を願い、信仰を勧めた金吾の行動を、ほめたたえます。ただし、その一方で、“今後は用心していきなさい”と慎重な行動も促されました。

大聖人の懸念は、現実になってしまいます。金吾は、やがて主君から疎んじられ、関係が悪化してしまったのです。実は、主君は、大聖人と敵対する極楽寺良観(忍性)の信奉者でした。それだけではありません。同じ主君に仕える同僚たちが、それまで主君から信頼されていた金吾を追い落とそうと、主君に讒言(事実を曲げ、偽った悪口)を吹き込んだのです。

四面楚歌。剛毅な金吾でも、「大難雨のごとく来り候」(御書新版1544ページ・御書全集1136ページ)――大変な困難が、雨が降るように次々と起こってきた、と弱音を漏らしてしまうほどでした。

後には主君から、越後への領地替え(いわゆる左遷)、さらには、法華経の信仰を捨てるという起請文(誓約書)を書かなければ所領を没収し、家臣からも追放するという命令(いわゆる解雇通告)まで出されてしまいます。

現代で言えば、信教の自由の侵害に当たる深刻な憲法違反であり、極めて悪質なパワハラですが、もちろん、当時にそのような概念はありません。金吾は、どう生きていけばよいのか、わずかな光さえ見えない真っ暗な状況だったでしょう。

それでも、大聖人からの度重なる励ましを受け、金吾は逃げることなく、困難に立ち向かいます。そして、紆余曲折を経た末に、主君の信頼を回復し、かえって所領は大幅に増えたのです。

それでは、金吾に対して、大聖人はどのように呼び掛けられたのでしょうか。

まず、大聖人が繰り返し訴えられたのは、信仰の心において絶対に揺らいではならないことです。たとえば、「受くるはやすく、持つはかたし。さるあいだ、成仏は持つにあり」(御書新版1544・御書全集1136ページ)――正しい教えを信受することは易しいが、それを貫き通すことは難しく、それこそが成仏にとって大切なことであると仰せです。

その上で大聖人は、具体的な心構えや振る舞いを示して、金吾にアドバイスをされています。ここでは、職場での悩みに立ち向かう処方箋と捉えて、三つを取り上げます。

心は悠々と 苦難を見下ろす

本文

ただ世間の留難来るともとりあえ給うべからず。賢人・聖人もこのことはのがれず。

(御書新版1554ページ・御書全集1143ページ)

意味

ただ、世間の種々の難が襲ってきても、とりあってはいけない。賢人や聖人であっても、このことは逃れられないからである。

まず、苦難の捉え方についてです。賢人や聖人でさえも、社会における苦難は避けられないものであり、苦悩に心がとらわれてしまってはいけないと仰せです。

信仰を実践していく中で襲ってくる苦難についての内容ですが、確かに、生きていく上では、誰にでも困難や悩みはつきものです。そう理解することだけでも、心は少し軽くなります。

私たちが働いていく中でも、職場の人間関係をはじめ、大なり小なり、さまざまな悩みに直面します。それを自覚した上で、苦難を悠々と見下ろす心を持てれば、その心は、悩みを乗り越えて成長していける基盤となります。

良いことも悪いことも 一喜一憂しない

本文

賢人は、八風と申して八つのかぜにおかされぬを、賢人と申すなり。利い・衰え・毀れ・誉れ・称え・譏り・苦しみ・楽しみなり。おお心は、利いあるによろこばず、おとろうるになげかず等のことなり。この八風におかされぬ人をば、必ず天はまぼらせ給うなり。

(御書新版1565ページ・御書全集1151ページ)

意味

賢人とは八風といって八つの風に侵されない人をいうのである。八つの風とは、利い[うるおい]・衰え[おとろえ]・毀れ[やぶれ]・誉れ[ほまれ]・称え[たたえ]・譏り[そしり]・苦しみ・楽しみである。おおよその意味は、利益があっても喜ばず、衰えても嘆かないなどのことである。この八風に侵されない人を、必ず諸天は守護されるのである。

次に、苦難に立ち向かう姿についてです。「八つの風」に惑わされてはならないと仰せです。

利い――利益を得て潤うこと
衰え――勢力の衰退、さまざまに損をすること
毀れ――世間から軽蔑されること
誉れ――世間から褒められること
称え――周囲の人々からたたえられること
譏り――周囲の人々から悪口を言われること
苦しみ――精神的または身体的に苦しむこと
楽しみ――心身が楽しいこと

これらは信仰実践の途上に現れる妨げを指摘したものですが、一般の社会生活に対しても示唆に富んでいます。

私たちの妨げになる存在は、落ち込むようなマイナスのことだけではありません。うれしくなるようなプラスのことも、時には、人の成長を妨げてしまいます。有頂天になって油断や慢心を起こしたり、それによって、やるべきことをおろそかにしたり…。仕事においても日々、向かい風、追い風、いろんな風が吹いてきます。

だからこそ、自分にとって悪いことはもちろん、良いことにも惑わされず、一喜一憂しないことが大切であるということです。

主のためにも 世間の心根も

本文

「中務三郎左衛門尉は、主の御ためにも、仏法の御ためにも、世間の心ねも、よかりけり、よかりけり」と、鎌倉の人々の口にうたわれ給え。

(御書新版1596ページ・御書全集1173ページ)

意味

「中務三郎左衛門尉(四条金吾)は、主君のためにも、仏法のためにも、世間的な心根も、非常に立派であった」と、鎌倉の人々に言われるようになりなさい。

これは、目指すべき理想についてです。主君との信頼関係、信仰者としての実践、社会からの信用のすべてにおいて、称賛されるようになりなさいと仰せです。

大聖人は金吾に対して、主君や同僚たちを強く論破していくべき等とは言われていません。強くあるべきは、自らの信仰実践であり、苦難に立ち向かう心です。誤解を解くために自らの思いや主張を周囲に伝えることはあっても、根本的に大切なのは、主君からも同僚からも称賛され、信頼される人になることなのです。

大聖人が金吾の代わりに筆を執られた書「頼基陳状」では、「後生までも随従しまいらせて、頼基成仏し候わば、君をもすくいまいらせ、君成仏しましまさば、頼基もたすけられまいらせんとこそ存じ候え」(御書新版1579ページ・御書全集1161ページ)――死んだ後も主君に従い、主従共々の成仏を願っています、と記されました。さらに大聖人は、金吾が信頼を回復し、新たな領地を受けることになった時には、主君を救いたいという金吾の真心が強かったのでそのような結果になったと述べられています(御書新版1613ページ・御書全集1178ページ)。

私たちの仕事で考えれば、自分のことを疎んじて、人間関係が悪くなった上司がいた場合に、それでも、上司の幸せを願うという真心に当たります。まさしく、一切衆生の幸福を願い、縁した人々を大切にするという、信仰心の発露によるものです。

働いている以上、その職場での貢献を目指すことを考えるならば、上司であれ同僚であれ、あつい信頼で結ばれることが、最高の理想でしょう(ブラック企業など、そもそも自分自身の心身を壊してしまうような職場は、また別の問題があります)。それを目指し、信頼を得ようと努力する先に、仕事面でも人格面でも、自らの成長があるのではないでしょうか。

何があっても、心は悠々と、一喜一憂せず、誰からも信頼されるようになる。四条金吾に対する日蓮大聖人の励ましに表れた生き方を、創価学会員は目指しています。

御書のページ数は、創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集 新版』(御書新版)、『日蓮大聖人御書全集』(御書全集)のものです。

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